福島地方裁判所 昭和24年(行)65号 判決
原告 松浦勇
被告 福島県農地委員会
一、主 文
被告が昭和二十四年四月十八日別紙第一、第二物件目録記載の農地についての買收計画に対する原告の訴願を、棄却した裁決を取り消す。
山白石村農地委員会が昭和二十三年十一月十九日右農地について定めた買收計画を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、「別紙第一、第二各物件目録記載の農地は、いずれも原告の所有であつたが、訴外水野寅一は第一物件目録記載の農地について、訴外小松久作は第二物件目録記載の農地について、山白石村農地委員会(以下村農委と略称する。)に対し、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第六條の二の規定による遡及買收の請求をしたが、いずれも昭和二十三年七月五日棄却されたので、更に被告に対し自創法第六條の二の規定による遡及買收指示の請求をしたところ、被告は右請求を容れて村農委に遡及買收をするように指示したので、村農委は昭和二十三年十一月十九日、右農地について、昭和二十年十一月二十三日現在において、右農地は水野寅一及び小松久作がそれぞれ小作していたとして買收計画を樹立公告した。原告はこれに対し、昭和二十三年十一月二十九日被告に訴願したが、昭和二十四年四月十八日棄却され、同年五月二十六日裁決書の謄本を交付されたので原告は右処分のあつたことを知つた。
原告は、從來第一物件目録記載の農地は水野寅一に、第二物件目録記載の農地は小松久作にそれぞれ賃貸小作させてはいたが、原告には七男七女があつて、昭和十九年末頃既婚の男子四人が東京都から疎開帰村し、既婚の女子六人の内四人が原告方に疎開同居し、終戰後は海外から引揚げてくる者もあつて家族人員は二十五名の多数になり、食糧事情が逼迫してきたので、右農地の賃貸借を、水野とは昭和二十年春ごろ、小松とは昭和二十年十月ごろ、それぞれ合意の上解約した。よつて以後右農地は原告の自作地となつたから、昭和二十年十一月二十三日当時は勿論原告の自作地であつた。故に右農地について村農委の樹立した買收計画は違法であり、從つてこれを容認した被告の裁決もまた違法であるから右裁決の取消並びに右買收計画の取消を求めるため本訴に及んだのである。」とのべ、被告の抗弁に対して、「原告が村農委に異議の申立をしなかつたことは認めるが、村農委は最初、水野及び小松の遡及買收の請求を前述のようにいずれも棄却し、原告の主張を認めていたのであるから、村農委に異議の申立をしないで直ちに被告に訴願したのである。」とのべた。(立証省略)
被告指定代理人は、本案前の抗弁として、「原告は、本件農地買收計画について、村農委に異議の申立をしていないから、本訴は不適法として却下されるべきである。」とのべ、次に本案について、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告主張の事実中別紙第一、第二各物件目録記載の農地が原告の所有であつたこと、前者については水野寅一が、後者については小松久作が原告から賃借小作していたが、各自その耕作する農地について村農委に対してそれぞれ遡及買收の請求をし、昭和二十三年七月五日いずれも棄却されたので、更に被告に遡及買收指示の請求をし、村農委が被告の指示に基いて昭和二十三年十一月十九日右農地を原告主張の事実によつて買收する計画を樹立公告したこと、原告がそれに対し、昭和二十三年十一月二十九日被告に訴願したが、昭和二十四年四月十八日棄却され、同年五月二十六日裁決書の謄本を交付されたことは認めるが、その余の事実はこれを爭う。第一物件目録記載の農地は原告から水野が約四十年前から、第二物件目録記載の農地は原告から小松が昭和七年からそれぞれ賃借小作してきたものであるが、前者については昭和二十一年三月ごろ、後者については昭和二十一年ごろ、いずれも原告の一方的強制によつて賃貸借を解約されたのであるから、右各農地は昭和二十年十一月二十三日現在においては、それぞれ水野及び小松が賃借小作していたものである。尚同人等が被告に遡及買收指示の請求をしたのは昭和二十三年八月四日である。よつて村農委の買收計画並びに被告の裁決には何等の違法もなく、原告の本訴請求は失当である。とのべた。(立証省略)
三、理 由
まず本案前の抗弁について考えると、原告が本件農地買收計画に対して村農委に異議の申立をしないで、直ちに被告に訴願したことは当事者間に爭いがない。行政事件訴訟特例法(以下特例法と略称する。)第二條の規定によれば、行政廳の違法な処分の取消又は変更を求める訴は、その処分に対し法令の規定により訴願、審査の請求、異議の申立、その他行政廳に対する不服の申立のできる場合には、これに対する裁決、決定その他の処分を経た後でなければこれを提起することができないが、訴願の提起があつた日から三箇月を経過したとき、又は訴願の裁決を経ることにより著しい損害を生ずるおそれのあるときその他正当な事由があるときは、訴願の裁決を経ないで、訴を提起できることになつてをり、自創法第七條の規定によれば、農地買收計画に対して異議があるときは、まず法定期間内に市町村農地委員会に異議の申立をし、市町村農地委員会の決定に不服の場合は更に、法定期間内に都道府縣農地委員会に訴願することができるのであるから、その裁決に不服の場合に初めて訴を提起することができるわけであり、特例法第二條但書の規定に該当する事由があるときは、訴願の裁決を経ないで、訴を提起することができるのである。しかして、自創法には、異議の決定を経ないで訴願することができる旨の明文はないが、特例法の前示但書の法意をくみ、正当の事由あるときは、異議の決定を経ないで、訴願することができるものと解釈しても差支あるまい。本件においては、村農委としては、初め、水野と小松の遡及買收の請求を棄却したのであるから、原告が村農委は自己の主張を認めているものと考えて、村農委に異議の申立をしなかつたことは一應尤もであるし、他面本件買收計画は、村農委が被告の指示によつて樹立公告したものであるから、村農委に異議の申立をしても、村農委としては、特段の事情のない限り、たやすく異議を容認することができない立場におかれているように考えられるので、指示をした被告に、直ちに訴願したのも、むりからぬことであるし、また証人生田目一四の証言によれば同人が農地委員会長として原告に対し、直接被告に訴願するよう話したことが認められる。これらの事情のもとにおいて、原告が異議の申立をしないで、直ちに訴願したことについては、正当な事由があるときに該当するものと解しても差支えないと考えるから、被告の抗弁は採用しない。
そこで進んで本案請求の当否について考えると、別紙第一、第二各物件目録記載の農地が原告の所有であつて、第一物件目録記載の農地は水野が、第二物件目録記載の農地は小松がそれぞれ原告から賃借小作していたところ、おのおのその小作地について村農委に対し遡及買收計画を定めるべきことを請求し、昭和二十三年七月五日いずれも棄却されたので、更に被告に対して村農委に遡及買收計画を定めるべき旨を指示すべきことを請求して容認され、村農委は被告の指示に基いて、昭和二十三年十一月十九日右農地を、いずれも昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買收する旨の計画を樹立公告したこと、原告がこれに対し同年同月二十九日被告に訴願したが、昭和二十四年四月十八日棄却の裁決をうけ、同年五月二十六日右裁決書の謄本を交付されたことは当事者間に爭いがない。
原告は、昭和二十年十一月二十三日当時においては、右農地はいずれも原告の自作地であつたと主張するので考えてみると、証人生田目一四の証言で全部眞正に成立したものと認められる甲第九号証に証人鈴木與吉、生田目一四の各証言を綜合すると、第一物件目録記載の農地は水野が昭和十九年度まで原告から賃借耕作していたが、昭和二十年春ごろ、原告と水野との間に右賃貸借を解約する旨の合意が成立したこと、第二物件目録の農地は昭和二十年十月まで小松が原告から賃借耕作していたが、そのころ原告と小松との間に右賃貸借を解約する旨の合意が成立したことが認められる。
証人水野寅一、小松トメ、添田健助の各証言中、右の認定に反する部分及び成立に爭いのない甲第十号証中右認定に反する記載部分はいずれも信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。よつて原告と水野との第一物件目録記載の農地についての賃貸借は昭和二十年春ごろに、原告と小松との第二物件目録記載の農地についての賃貸借は昭和二十年十月ごろに、いずれも適法に解約されたことが認められるから、右農地は、昭和二十年十一月二十三日当時においては、いずれも原告の自作地であつたといわなければならない。
從つて、村農委が、本件農地に対して樹立公告した買收計画は違法であり、これを認容した被告の裁決も違法であつて、取消を免れない。
よつて原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斉藤規矩三 黒江清 福間佐昭)
(目録省略)